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A から電話がかかってきた。いわく、金曜日から 3 日ほど家を空けるので、冷蔵庫に残っているものを食べてしまいたい、手伝え、と。家を空けて行く先はグァム。A がグラビアの撮影をしていたらジャングルから旧日本軍の軍人が出てくるドッキリとのこと。つまり、ヤラセで、軍人役は A が毎週のように仕事で顔を合わせている芸人の○○○○○○なんだけど、それはともかく、家にある食物を全部鍋にして食べちゃいましょう、だからウチに来い、と。 僕と A は、仲の良い友人という感じだったが、もし A に彼氏ができたら僕は邪魔になる立場だっただろう。二人でライブを見に行ったり、買い物に行ったり、毎晩のように長電話をした。二人きりでなく大人数で遊ぶことも多かったけど、思い出せないのは、そういう時に僕が A をなんと呼んでいたかである。第三者と A のことを話す時は今でも敬称略のフルネームだし、芸能人としての A の表記はファーストネームの平仮名表記でニックネームはなかった。多分、二人でいる時、僕が A の名前を呼ぶことがなかったんだろう。 A の家は、営団地下鉄の某駅から歩いて数分の狭いワンルーム。家賃は十万ほどだと言っていた。家賃や諸経費は事務所が持つ代わりに、給料はアルバイトより安いという、アイドルによくある例だった。A の家にはなにかと呼び出されることがあり、狭い部屋だったので二人で満員だった。相談をしたり雑談をしたり、A の好きな音楽を聴いたりした。A は、アイドルになる前に、雑誌の素人グラビア・コーナーで、あるカメラマンに写真を撮ってもらったことがあると言った。その時の写真を見せてもらったことがある。その雑誌名を言えば写真家の名前が分かるほどの、有名なカメラマンだった(篠山紀信ではない)。次にその写真家と会う時に自分がやっていることを堂々と言える人間になっていたいから芸能人になった、と A は言っていた。 A は、グラビアのモデルをするくらいだから、スタイルが素人離れしていた。胸は大きいのに腕や腰はビックリするほど細く、色白で顔が小さくて睫毛が長かった。アイドル・グループの一員として CD を出していて、僕はその曲を評価していたが、なぜか本人は自分のアイドル仕事に満足していなかった。本人からすればそんなものなのかねえ、と僕は思っていた。 A の家に着いてすぐ、冷蔵庫の中のものではちょっと足りないとのことで、二人で近所に買い物に出た。お菓子も買った。家に戻ると、A はエプロンを着けて、狭いキッチンで鍋の準備を始めた。目の前でスタイル抜群の可愛いアイドルがエプロンを着けて、今から二人で食べる料理を作っているのだから、それは客観的に見れば著しくときめくシチュエーションだし、主観的にも実際ドキドキしたのだが、A の口から出て来る話は、戦時中日本人がグァムでどんなことをしたかとか、そんな場所で軍人をネタにしてドッキリを企画するテレビ局の神経はどうかしているといった、色気の欠片もないものだった。そんな話を一方的に聞かされているうちに準備が出来たので、部屋の真中にあった、ままごとのように小さな卓袱台にカセット・コンロを置いて、二人向かい合って鍋をつついた。それが楽しかったか楽しくなかったかと聞かれれば、圧倒的な多幸感溢れるままごとだった。食べながらいつもの雑談が途切れることもなく、冷蔵庫の中が片付き、腹も満たされて、さて問題は、二人はその後どうしたかである。 結果を言えば、その日それ以上のことは何もなかった。鍋が終わってだらだらしていたら、A に仕事関係の飲み会の呼び出しがかかって、その場はお開きになった。タクシーで渋谷まで行くとのことだったので、僕は同乗させてもらったんだけど、その途中で A が僕に怒りだして、僕はタクシーを降りるまでずっと説教された。 翌日 A はグァムへ旅立ち、やらせドッキリを終えて帰国。そのようすを僕はテレビで見た。その後しばらく僕と A の関係に大した変化はなかったが、数か月経ったある日、その関係は強制終了した。 それっきりの話なのだが、今でも考えることがある。あの夜、僕の行動は間違っていなかったと思うけど、あそこで敢えて間違った行動をとっていたらどうなっていたんだろう。それが良い結果を生んだか否かは全く解らない。しかし、その後避けられなかった結末を考えた時、間違っていたとしてもあそこでなんとかしてしまう道もあったのではないか。後悔しているわけではない。けれど、もし人生の中で一か所だけやり直していいと言われたら、僕はあの日に戻るだろう。戻ったところでやっぱり何もしないかもしれないが。あの日の鍋は本当に旨かったから。
by de_kick_o_nice
| 2015-03-06 08:56
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