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僕が不本意ながら好きだったアイドルに吉田亜紀という方がおりまして、Qlair(クレア)という乙女塾出身の 3 人組グループのセンターだった子ですが、不本意と言うのは、いま見てもやっぱ Qlair はサイドの 2 人、今井佐知子と井ノ部裕子のほうが美少女だったからで、当時もそこはそう思ってたんですが、僕は基本的に乙女塾を通ってこなかったので、CoCo にしろ ribbon にしろ中嶋美智代にしろ知らないではないもののあまり興味がなく、Qlair についてもある瞬間までそうだったのに、『スーパー JOCKEY』だったか『週刊スタミナ天国』だったかで Qlair が「SPRING LOVER 大作戦」を歌っているのを見たとき、この曲はいま聴いても間違いなく超名曲でして、そのときのパフォーマンスも素晴らしくて、僕は一気にもってかれました。 とまあ、ここまでならよくある楽曲派アイドルオタクの発言なんですが、その吉田亜紀、事務所がメリーゴーランドでして、その先輩に島田奈美という方がおりまして、いや島田奈美さんについて語り始めたら吉田亜紀なんか(失礼)の何倍も時間をかけなければならないので日を改めてゆっくりと、という感じなんですが、その時期の島田奈美と言えば(結局語りますけど)、アイドルをすでに引退していて、本名で音楽ライターやクラブ DJ として研鑽を積む一方で、引退前に出した CD のプロモ盤 12 インチシングルが 1 枚ほど海を渡り、現在に至るクラブ・ミュージックの礎を築いた伝説的 DJ であるところの故ラリー・レヴァン氏の耳にとまり、気に入られ、DJ でかけられ、すなわちガラージ・クラシックの一曲としてニュー・ヨークのクラブ・シーンで流行る、という日本のミュージシャンがだれもなしえていなかった偉業をいつのまにかなしとげていたという驚天動地の展開、という時期の島田奈美の事務所の後輩であった吉田亜紀であったので、ちょっとした病にかかってしまい、いや、病と言うのは失礼で吉田亜紀は若くしてニュー・ヨークのクラブ・ミュージック・シーンにハマってしまい、たとえば『オリコン・ウィークリー』のショート・コラムでデヴィッド・モラレス(この方も偉大なサウンド・クリエイターです)をつかまえて「デビモラ・サイコー!」と紹介し、なんとか膏肓に入るのごとく、ついに渋谷のインクスティック DJ バーのイベントに出演、しかも他の出演者がかとうけんそうとラッパーの AKI、この AKI という人も話しだすとキリがないので割愛しますが、要するに吉田亜紀がなんか間違って所謂「こっち側」に降りてきてしまったわけです。 僕はこのイベントを客として見に行ったんですが、吉田亜紀が自分の好きな音楽や先輩についてアイドルらしく語るトーク・コーナーの後、客からの質問コーナーになりまして、僕が手を上げますと、そりゃまあ指されますよね、そこで僕は吉田 AKI に向かって、
by de_kick_o_nice
| 2015-01-19 09:30
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